熊野速玉大社
そこは、いわゆる神社で見る風景である。観光バスもたくさん来るし集団でくる学生の姿も多い。そして、15分ほどで移動する。
社殿も絢爛な朱塗りであり、まさに新宮という明るい感覚である。甦った魂を祝福してくれているかの温かいエアーがある。
公式HPによると、
「熊野権現御垂迹縁起」(一一六四年長寛勘文)はじめ諸書によると、熊野の神々は、神代の頃、まず初めに神倉山のゴトビキ岩に降臨され、その後、景行天皇五十八年、現在の社地に真新しい宮を造営してお遷りになり、「新宮」と号したことが記されています。
初めは、二つの神殿に熊野速玉大神、熊野夫須美大神、家津美御子大神を祀り、平安時代の初めには現在のように十二の神殿が完成しました。
日本書紀には、神武天皇が神倉に登拝されたことが記されています。悠久の古より人々から畏れ崇められてきた神倉山には、初め社殿はなく、自然を畏怖し崇める自然信仰、原始信仰の中心であったと思われます。また、ここから弥生時代中期の銅鐸の破片も発見されています。 十月の例大祭では、お旅所に新宮の由来となった最初の宮である「杉ノ仮宮」を造り、古式に則って神事が行われます。
つまり、神倉山のお社が大切なポイントである。
大斎原のお社
神倉山のお社
那智瀧のお社
この3社を体感しないと、熊野三山に参拝したとは言えないのかもしれない。
そして、熊野速玉大社が、一番参拝しやすい場所にあるという意味では、魂の甦がえり、本来自分自身が持っている純粋で綺麗な魂の存在に気づかせていただき
元気に生きていく力を与えていただくお仕事をされているととらえたい。
まさに、宮司様がおっしゃる、「悠久の熊野詣」の真善美にふれることが参拝の真理であろう。
もとより、大きなお社は、個人的な願いこどの受付所ではない。天下国家の安寧と国民の幸福を祈念されているお社である。感謝の心で真理に触れる。
そういう参拝を心掛けたくなるエアーであった。